For RENTAL Only



呆然とした視線を高い天井に向けながら、ジェレミアは激しく混乱していた。
背中を向けたルルーシュは、気持ちよさそうな寝息をたてている。
わざと素っ気無い態度をジェレミアに見せて、寝室に誘い込んだにもかかわらず、ルルーシュはジェレミアに指一本触れることなく眠ってしまったのだ。

―――ルルーシュ様は、またなにかを企んでいるのだろうか?

ジェレミアがそう思ったのも無理はない。
これではなんのためにルルーシュの策略に引っ掛けられたのか、まったく意味がわからないからだ。
それを問おうにも、当のルルーシュは熟睡している。
声をかけるのを躊躇っているのは、主の眠りを妨げたくないという想いよりも、またしてもこれがルルーシュの策略なのではないかとの、疑念がジェレミアの胸にあるからに他ならない。
恐る恐る視界を巡らせて、隣で眠っているルルーシュの気配を窺えば、嘘寝をしているようには見えなかった。
ジェレミアの頭は、ますます混乱するばかりで、体も頭も疲れきっているはずなのに、一向に眠くならない。

―――・・・一体、なにをお考えになっておられるのだ?

何度も同じ疑問を頭の中で繰り返してみても、その答えは浮かんでこなかった。
眠れないまま、身動ぎすることも忘れてルルーシュの後姿を凝視しながら、どれくらいの時間が経過しただろうか。
空気の流れる音すら聞こえてきそうな静寂の中に、居心地の悪さを感じたジェレミアは、ルルーシュを起こさないように気遣いながら、音を忍ばせてそろりとベッドを抜け出した。
次の部屋へと続く扉の前で立ち止まり、ベッドを振り返れば、ルルーシュは相変わらず熟睡しているようで、抜け出したジェレミアにはまったく気づいていない。
やり場のない溜息を吐いて、扉に手をかけたジェレミアは、部屋を出るために静かにそれを引きあけようとした、のだが、

―――・・・あ、開かない!?

軽い力でも楽に開くはずの扉が、ジェレミアの力をもってしてもピクリとも動かないのだ。
全ての部屋がそうというわけではないが、ルルーシュの寝室はオートロック方式で、内側からなら誰でも開けられるはずだ。
その扉が開かないということは、故意にロックが掛けられているということになる。
つまり、

―――勝手に部屋から出て行くな・・・と、いうことなのですか!?や、やはり、なにかを企んでいるのですね!!

ルルーシュの不審極まる行動に、混乱を極めたジェレミアは足音を消すことも忘れて、ひくひくと頬を引き攣らせながらベッドに向かうと、躊躇することなくルルーシュの体を覆っている掛布を剥ぎ取り、露になったその肩をむんずと掴んで揺さぶった。

「ルルーシュ様ッ!!」

静寂を破る大音声に、熟睡していたルルーシュがぱちりと瞼を開けた。
寝起きのぼんやりとした瞳に、自分の顔がどのように見えているのだろうか。今はそんなことすら考えるゆとりがないジェレミアは、やはり怒っているのだ。

「・・・どうしたのだ・・・?」

鬼気迫る様相のジェレミアとは対照的に、ルルーシュの声は睡魔の抜け切らないのんびりとしたものだった。

「い、一体貴方はなにがしたいのですか!?私を、どうしたいのですかッ!?」
「・・・・・?」
「な・・・なにもしてくださらないのでしたら、部屋に鍵をかけて私を閉じ込める必要などないではありませんか!?それとも、また私を陥れようと、なにか良からぬことを企んでいらっしゃるのですか!?」

一気にまくし立てるジェレミアの剣幕に、呆けた表情を返しながらも、ルルーシュはまだ完全には覚醒していない頭でしばらく考え込んでいる。
数十秒後、ようやくジェレミアがなにを言っているのかを理解したルルーシュは、口許にふっと微かな苦笑いを浮かべた。

「・・・な、なにが可笑しいのですか?」

感情的になりすぎて、薄っすらと涙さえ浮かべているジェレミアの顔が、薄明かりの下でもはっきりとわかるくらいの距離まで顔を寄せたルルーシュは、口許の苦笑を無理に消して、じっとジェレミアの顔を覗き込んだ。

「ル・・・ルルーシュ、様・・・?」

真面目顔の視線に中てられて、たじろぐジェレミアを逃さず、差し伸べられたルルーシュの手が、ジェレミアの前髪を無造作に掴んでぐいと引き寄せた。

「・・・500億」
「・・・は?」
「ここには500億の小切手があるんだぞ」
「そ、それは・・・そうですが・・・」
「警備が万全とは言え、もしもと言うこともある。用心に越したことはなかろうが!」

確かに、ルルーシュの言うことは尤もだ。
しかし、

「外部からの鼠賊に対しての備えなら、なにもわざわざ内側から鍵をおかけにならなくてもよろしいのでは・・・?」

部屋の鍵はオートロックなのだ。

「賊は外部から来るとばかりは、言えないだろう?」
「え?」
「お前に持ち逃げされるかもしれないではないか」
「・・・わ、私を、お疑いになって、いらっしゃるの・・・ですか?」

「それはあんまりです」と、終には本気で泣き出してしまったジェレミアを、ルルーシュはおもしろそうに見つめている。

「馬鹿。冗談に決まっている。いちいち泣くな!」
「で・・・では、なぜ・・・」

零れ落ちる雫を急には止めることのできないジェレミアは、涙声で問いかけた。

「実を言うと、本当はお前をたっぷりと可愛がってやろうと思っていたのだが、自分が思っていた以上に疲れていたらしくてな・・・つい寝てしまったのだ」
「ほ、本当・・・ですか?私を、また騙そうとしているのでは、ないのですか?」
「本当だ。お前を騙そうなどとは、これっぽっちも考えていなかった」
「本ッ当に、本当なのですね?」
「・・・・・・・・・・お前、結構疑り深いな」

天邪鬼なルルーシュと一緒にいれば、ジェレミアが疑り深くもなるのも当然のことだ。
しかもジェレミアは、これまで幾度となくルルーシュに騙されている。そして、たった今も騙されたばかりなのだ。
疑惑の瞳を向けるジェレミアの前髪を掴んだ手を解いて、乱れた髪を整えるように指で優しく撫でるルルーシュに、ジェレミアは徐々に警戒を解いていく。

「ルルーシュ様・・・」

甘えるように名前を囁いて、ルルーシュの背中に腕を回したジェレミアは、そのままの勢いで細い体に覆いかぶさるように体を重ねた。

「ば、馬鹿。重い!苦しい!死ぬ!!」

苦しそうなルルーシュの声に、慌てて体を浮かせたジェレミアは、それでもルルーシュの胸に顔を埋めたまま離れようとはしなかった。

「・・・ところで、ジェレミア?」
「はい。なんでしょうか?」
「お前、俺に何かしてもらいたかったのか?」

そう言ったルルーシュの声は笑っていた。

「抱いてもらいたかった?」

露骨なルルーシュの言葉に、耳まで真っ赤にしたジェレミアは、羞恥で顔を上げることができない。
黙ったまま、埋めたルルーシュの胸に顔を押し付けて恥らっている姿が、微笑を誘う。
もう少し、この、「クソ」がつくほど生真面目なジェレミアをからかって遊んでやりたいという気持ちがないではなかったが、襲ってくる睡魔には勝てそうになかった。
癖のあるジェレミアの髪を梳く手の動きが徐々に緩慢になり、やがて力尽きたように動かなくなったのを不審に思い、ジェレミアが恐々と顔を上げると、ルルーシュは薄い瞼を閉じている。

「・・・ルルーシュ様?」

その呼びかけを遠い声に聞いて、ルルーシュは眠りの淵に落ちかけていた。

「ちょ・・・ルルーシュ様ッ!せ、せめて、部屋の鍵を開けてからお休みになってください!!」

寝室に虚しく響くジェレミアの声は、熟睡モードに突入してしまったルルーシュの耳に届いているのか、いないのか。
いかにも鬱陶しそうに、弱弱しい腕の力でジェレミアの体を押し退けながら、ごろりと寝返りを打って、耳まで掛布を引き上げたルルーシュはジェレミアに完全に背中を向けてしまっている。
あとは、ジェレミアがいくら名前を呼ぼうが、体を揺すろうが、それに答える声はルルーシュからは聞こえてこなかった。
静寂の中にぽつんととり残されたジェレミアは、しばらくの間、恨めしそうな視線をルルーシュの背中に向けていたが、目を覚ます気配がないことを悟ると、諦めて、向けられた背中に寄り添うように横になった。
体と体が触れるか触れないかの微妙な距離で瞼を閉じると、微かに聞こえるルルーシュの健やかな寝息がジェレミアの変に冴えた頭に、忘れていた疲れを呼び起こした。
ジェレミアの思考が睡魔に飲み込まれるまで、数分とかからなかっただろう。
夜が明けるまでの数時間、心地よい静けさに包まれながら、夢を見ることも忘れて眠りを貪るジェレミアは、少しだけ幸せそうな寝顔をしていた。